五「こぼれ出でたる髪」
ようやく惟光がやってきました。普段はいつも身近にいてなにくれと世話をしてくれるのに、今夜に限って居ず、しかも呼びにやっても見つからずなかなか来てくれなかったことを恨みに思いながらも、ともかく来てくれたことにほっと安堵して、張りつめていた気持ちが緩んで源氏は泣き崩れたのでした。惟光は状況を見て取って、この方は元々どこかお具合が悪かったのですかと聞いたりしています。そして激しく嘆き悲しむ源氏をみて惟光も泣いています。原文で読みましょう。
からうして、惟光の朝臣参れり。(略)君もえ堪へたまはで、われ一人さかしがり抱き持ちたまへりけるに、この人に息をのべたまひてぞ、悲しきこともおぼされける。とばかり、いといたく、えもとどめず泣きたまふ。
ややためらひて、「ここにいとあやしきことのあるを、あさましと言ふにもあまりてなむある。(略)」とのたまふに、「(略)まづ、いとめづらかなることにもはべるかな。かねて、例ならず御ここちものせさせたまふことやはべりつらむ」「さることもなかりつ」とて泣きたまふさま、いとをかしげにらうたく、見たてまつる人もいと悲しくて、おのれもよよと泣きぬ。
惟光もつられて泣きはしたものの、とにかくこの院の者などにもこのことを気づかれぬように事態を納めなければならないと頭を働かせます。惟光は前にもお話したように、源氏の乳母子なので年齢はほぼ同じで若いのですが、源氏と比べると世間のあれこれには通じています。この時も的確な判断に基づいて行動しています。全く頼りになる奴です。惟光はこの件はあくまで隠密に処理すべきと考えて、夕顔の亡骸を彼女の居た五条の家にもどせば大騒ぎになるに決まっているので、このまま知り合いの尼の居る東山の庵に移そうと考えました。源氏の君には、さも何事もなかったかのように、一人で帰ってもらおうというわけです。惟光が、夕顔の亡骸を、布団のようなものにくるんで乗せようとするのですが、その時長い黒髪がこぼれ出ます。それを目にした源氏は目もくらむ思いです。そのあたりを原文で読みましょう。
明け離るるほどのまぎれに、御車寄す。この人をえ抱きたまふまじければ、うはむしろにおしくくみて、惟光乗せたてまつる。いとささやかにて、うとましげもなく、らうたげなり。したたかにもえせねば、髪はこぼれ出でたるも、目くれまどひて、あさましう悲しとおぼせば、なり果てむさまを見むとおぼせど、「はや、御馬にて二条の院へおはしまさむ。人騒がしくなりはべらぬほどに」とて、右近を添へて乗すれば、徒歩より、君に馬はたてまつりて、くくり引き上げなどして、かつはいとあやしく、
おぼえぬ送りなれど、御けしきのいみじきを見たてまつれば、身を捨てて行くに、君はものもおぼえたまはず、われかのさまにておはし着きたり。
惟光は右近を車に乗せて亡骸に付き添わせ、自分は徒歩で牛車に付き添います。そして自分の乗ってきた馬に源氏の君を乗せて、自宅二条院にお帰りになるようにと仕向けたのでした。惟光は亡骸のお供をするなどとんでもないことになったと思いながらも源氏の君の、激しい衝撃をお受けになった様子を見て、もう何でもしようという気持ちになっています。一方、源氏のほうは茫然自失の状態で二条院に帰り着いたのでした。そしてそのまま寝込んでしまって、翌日になっても起きてきません。父帝よりもお呼び出しがあります。そのお使いに来た者の中の頭の中将だけを近くに呼んで、乳母の家で思いがけず死の穢れに触れてしまったので、参内できない旨を帝に伝えてくれるようにと頼みます。頭中将は「乳母のところか?」とあやしがっていますが、ともかく細かいことは言わずに穢れに触れたので忌に籠っていると伝えてくれるようにと頼んでいます。この当時、死は穢れと言うことになっていて、同じ屋根の下で死人が出れば穢れに触れたことになってしまいます。死穢といいますが、これに触れると30日は忌に籠らねばなりません。まあこれはウイルスの伝播を防ぐ知恵だったかもしれませんね。原文です。
日高くなれど、起きあがりたまはねば、人々あやしがりて、御粥などそそのかしきこゆれど、苦しくていと心細くおぼさるるに、内裏より御使あり。昨日え尋ね出でたてまつらざりしより、おぼつかながらせたまふ。大殿の君達参りたまへど、頭の中将ばかりを、「立ちながら、こなたに入りたまへ」とのたまひて、御簾のうちながらのたまふ。(略)「いかなる行触にかからせたまふぞや。述べやらせたまふことこそ、まことと思うたまへられね」と言ふに、胸つぶれたまひて、「かくこまかにはあらで、ただおぼえぬ穢らひに触れたるよしを奏したまへ。いとこそたいだいしくはべれ」と、つれなくのたまへど、心のうちには、いふかひなく悲しきことをおぼすに、御ここちもなやましければ、人に目も見合わせたまはず。
源氏は熱も出たような感じで体調も悪く寝込んでいます。日が暮れてから惟光がやって来ました。あの後夕顔がどうなったか、本当に死んでしまったのかと泣きながら尋ねると惟光も泣きながら、「最期とお見受けしました。この後のことも早い方がよろしいかと明日葬儀の手配を整えました」と言うのです。原文です。
日暮れて惟光参れり。かかる穢らひありとのたまひて、参る人々も皆立ちながらまかづれば、人しげからず。召し寄せて、「いかにぞ。今はと見果てつや」とのたまふままに、袖を御顔に押しあてて泣きたまふ。惟光も泣く泣く、「今は限りにこそはものしたまふめれ。長々とこもりはべらむも便なきを、明日なむ日よろしくはべれば、とかくのこと、いと尊き老僧のあひ知りてはべるに、言ひかたらひつけはべりぬる」と聞こゆ。
葬儀の話などするにつけても悲しみは募って、源氏は「私も心地が悩ましくてもう死んでしまうかもしれない」などと弱気なことを言います。惟光は、「前世から因縁であの方は亡くなったのでしょうから」などと懸命に慰め、万事惟光にお任せくださいと言うのですが、源氏のほうはいい加減な浮気心で女を死なせてしまったかと思うと堪らないと言い、この件は極秘にするようにと命じますが、惟光はそんなことはとうに承知で僧たちにも作り事の説明をしてあるということ、葬儀は簡略にすることなどを話します。すると源氏はなんとも辛くなって急に無理なことを言いだしたのです。
この世から消え去ってしまう前に、もう一度亡骸に逢いたいというのです。原文で読みましょう。
「便なしと思ふべけれど、今一度かの屍骸を見ざらむが、いといぶせかるべきを、馬にてものせむ」とのたまふを、いとたいだいしきこととは思へど、「さおぼされむは、いかがせむ。はや、おはしまして、夜ふけぬ先に帰らせおはしませ」と申せば、このころの御やつれにまうけたまへる、狩の御装束着かへなどして出でたまふ。御ここちかきくらし、いみじく堪へがたければ、(略)いかにせむとおぼしわづらへど、なほ悲しさのやるかたなく、ただ今の骸を見では、またいつの世にかありし容貌をも見むと、おぼし念じて、例の大夫、随身を具して出でたまふ。道遠くおぼゆ。十七日の月さし出でて、河原のほど、御前駆の火もほのかなるに、鳥部野の方など見やりたるほどなど、ものむつかしきも、何ともおぼえたまはず、かき乱るここちしたまひて、おはし着きぬ。
源氏は、火葬する前に夕顔の顔をもう一度見ておかなければもう二度と逢えないと切羽詰まった思いです。困ったことと思いつつ、それなら早く行きましょうと、惟光と、いつもの従者のふたりが付き添って東山の庵に向かうことにします。源氏は体調もとても悪く少しためらうのですが、悲しみは募るばかりで、どうしても、もう一度逢わねばと決心して出かけたのでした。夜の鴨川の河原を過ぎるあたり暗くて気味が悪いのですが、源氏の君はそんなことも何も感じていません。乱れる心をかかえて夕顔の亡骸の置かれている庵に着いたのでした。
文:岸本久美子
【引用】新潮日本古典集成より
第四章 通り過ぎた女君たち最終話 其の六「見し人の煙」は2025年5月22日配信予定です
YouTube動画中の「源氏物語手鑑」につきまして。和泉市久保惣記念美術館デジタルミュージアム許可のもと引用しています🔗