八、濡れにし袖(最終回)

柏木、横笛、御法

光源氏にはなれなかった男 頭中将8
八、濡れにし袖(最終回)

 

 頭中は子沢山ということで源氏に羨まれていましたが、正妻四の君との間の子どもは弘徽殿女御と柏木、弁少将の三人だけです。ほかの妻妾たちとの間に雲居の雁、玉鬘、近江の君といった女の子や何人かの男の子がいたようです。その子供たちの中で、正妻の子でもあり、長男でもある柏木は両親にとって特別な存在でした。容貌も優れ各方面における能力も高いことから頭中は自分の後、わが家系を盛り立てて行くのはこの子であると望みを掛けていました。源氏の息子夕霧とは同年配のいとこ同士で、親同士が若いころ親友であったように、息子たちもいつも一緒に居て、何ごとも打ち明け合う仲でした。その柏木は妻についての望みが高く、身分高い方でなければと思っていました。そこで朱雀院が鍾愛の娘女三宮の婿探しをなさっていると知るや否や、伝手を辿り、親にも頼んで熱心な求婚活動をしたのですが、結局女三宮は源氏の元に降嫁することになりました。柏木は諦めきれませんでした。そしてついに何年かたってから、源氏の隙を狙って女三宮と密通し、しかも身籠らせてしまったのです。偶然その事実を知った源氏は柏木の若さに嫉妬し、苦しみます。実は、源氏は、柏木をわが子夕霧よりも自分に似た所があると感じて、これまで特別に目をかけ、可愛がってきたのです。それを思うと残念で悔しい気持ちが抑えきれず、無理に柏木を呼びつけた宴会の席で彼をじっと見つめて嫌味を言います。それでなくとも怯えていた柏木は、その夜からどっと寝付いて、二度と立ち直ることはできませんでした。
 最愛の息子に死なれた頭中夫妻の悲しみははかりしれません。原文です。

  父大臣、母北の方は、涙のいとまなくおぼし沈みて、はかなく過ぐる日数をも知りたまはず、御わざの法服、御装束、何くれのいそぎをも、君たち、御方々、とりどりになむせさせたまひける。経仏のおきてなども、右大弁の君せさせたまふ。七日七日の御誦経などを、人の聞こえおどろかすにも、「われにな聞かせそ。かくいみじと思ひまどふに、なかなか道さまたげにもこそ」とて、亡きやうにおぼしほれたり。

 柏木の死は源氏に対する罪の意識と自責の念によってもたらされたものでしょう。しかし、柏木と女三宮の不義密通の件は本人以外では、ごく身近にお仕えする女房二人と源氏の他には誰も知りません。もちろん頭中は全く知りません。なぜ息子が急に弱って命を落とす羽目になったのかわからないので余計に悲しみの持って行き場がありません。柏木が亡くなる前に女三宮は彼の子を産みました。その子は源氏の君の子として披露されました。頭中がその子は自分の孫だと知ることは永久にないのです。「せめて子供でも遺してくれていたら」という頭中の嘆きは源氏の耳にも入るのですが、まさかこの子は柏木君の子ですよと告げるわけにはゆきません。
 しばらくして、弔問にやって来た夕霧を見るとまた新たな涙がこぼれます。仲の良かった夕霧の姿が息子に重なって見えるのです。原文です。

 「こなたに入らせたまへ」とあれば、大臣の御出居のかたに入りたまへり。ためらひて対面したまへり。古りがたうきよげなる御容貌、いたう痩せおとろへて、御髭などもとりつくろひたまはねば、しげりて、親の孝よりもけにやつれたまへり。見たてまつりたまふよりいと忍びがたければ、あまりにをさまらず乱れ落つる涙こそはしたなけれと思へば、せめてぞもて隠したまふ。大臣も、取り分きて御仲よくものしたまひしをと見たまふに、ただ降りに降りおちて、えとどめたまはず、尽きせぬ御ことどもを聞こえかはしたまふ。一条の宮にまでたりつるありさまなど聞こえたまふ。いとどしう、春雨かと見ゆるまで、軒の雫に異ならず、濡らし添へたまふ。(略)例は心強うあざやかに、誇りかなる御けしき名残なく、人わろし。

 あれほど堂々とした押し出しの、男らしい風貌であった頭中が、見る影もなくやつれて、髭も伸び放題で、夕霧の話を聞きながら涙が止まらずなりふり構わず号泣しています。もし、柏木の死にも源氏が関係していることを知ったなら、頭中はまた複雑な思いを噛みしめなければならなかったことでしょう。けれども、そのことは、夕顔の死と同様、知らないままになったのでした。そして悲しみの中に月日は過ぎて柏木の一周忌の法要を営む時期となりました。源氏はその法要に、柏木の子からという思いで特別に黄金百両を供養として届けさせたのでした。原文です。故権大納言が柏木、六条の院が源氏です。

  故権大納言のはかなく亡せたまひにし悲しさを、飽かずくちをしきものに恋ひしのびたまふ人多かり。六条の院にも、おほかたにつけてだに、世にめやすき人の亡くなるをば惜しみたまふ御心に、ましてこれは、朝夕に親しく参り馴れつつ、人よりも御心とどめおぼしたりしかば、いかにぞやおぼし出づることはありながら、あはれは多く、をりをりにつけてしのびたまふ。御果てにも誦経など、取り分きせさせたまふ。よろづも知らず顔に、いはけなき御ありさまを見たまふにも、さすがにいみじくあはれなれば、御心のうちに、また心ざしたまうて、黄金百両をなむ別にせさせたまひける。大臣は、心も知らでぞかしこまりよろこびきこえさせたまふ。

 黄金百両というのがどれくらいの金額にあたるものかわかりませんが、まあ法外な金額ではあったと思われます。それを贈られて頭中はその意味を深く考えたりはせず、素直に感激して喜んでいます。こうして辿ってくると本当にこの頭中という男は良い奴・単純な奴と愛着が湧いてきます。紫式部も多分この男が好きだったのではないでしょうか。
 さて、柏木の死去から三年後源氏の君も不幸に見舞われます。最愛の妻紫の上が亡くなったのです。泣きはらした顔を見られたくなくて、源氏は誰にも会おうとはしません。頭中は悲報を聞いて、心から悲しみ、残念にも思ってすぐにお悔やみの使いを出します。そして、かつて、もう30年近く前のことになるけれども、源氏の妻であった自分の姉葵上が亡くなった時のことを思い出します。あれも同じような季節だったなあと。あの時二人で分け合った悲しみ。思えばその時嘆き悲しんだ父や母ももう世にない。後れ先だつ世のならいを思ってしみじみした思いを源氏に伝えたくて、文使いを出しました。原文で読みましょう。ここでは頭中は致仕の大臣(ちじのおとど)、大臣と呼ばれています。大将の御母上が葵上です。

  致仕の大臣、あはれをもをり過ぐしたまはぬ御心にて、かく世にたぐひなくものしたまふ人のはかなく亡せたまひぬることを、くちをしくあはれにおぼして、いとしばしば問ひきこえたまふ。昔、大将の御母上亡せたまへりしも、このころのことぞかし、とおぼし出づるに、いともの悲しく、そのをり、かの御身を惜しみきこえたまひし人の、多くも亡せたまひにけるかな、後れ先だつほどなき世なりけりや、など、しめやかなる夕暮にながめたまふ。空のけしきもただならねば、御子の蔵人の少将してたてまつりたまふ。あはれなることなどこまやかに聞こえたまひて、端に、
    いにしへの秋さへ今のここちして
      濡れにし袖に露ぞおきそふ
御返し、
    露けさはむかし今ともおもほえず
      おほかた秋の夜こそつらけれ
もののみ悲しき御心のままならば、待ちとりたまひては、心弱くもと、目とどめたまひつべき大臣の御心ざまなれば、めやすきほどにと、「たびたびのなほざりならぬ御とぶらひの重なりぬること」とよろこびきこえたまふ。

 源氏の返事は、悲しみに乱れた自分を隠して、さりげなさを装った歌、そして弔問へのお礼の言葉を添えたものでした。頭中に心弱さを見せたくなかったのです。同情や憐れみを受けることは潔しとしない源氏です。悲嘆にくれる姿を隠そうともしない頭中とは違うのでした。
 この後、物語の中に頭中が登場することはありません。おそらく源氏と同じ頃に世を去ったものと思われます。

 ここまで光源氏と対比する形で頭中の姿を追ってきました。10代の頃から源氏は秘密を隠し、頭中はあけっぴろげという所はずっと変わりませんが、年を取るに従ってふたりの性格的な違いは大きくなったように思います。ぬかりなく立ち回る源氏、肝心なところでしてやられてしまううかつな頭中。結果として、頭中の存在が、源氏がどのような男であるのかを浮かび上がらせることになっているのではないでしょうか。それはまた、二人の成育歴の違いをあぶりだすことにもなります。
 頭中は立派な両親の元で長男として大切にされ、何不自由なく、愛情に包まれて、のびのびと育ちました。一方の源氏は母親を知らない、父親は帝でふつうの父親のように親しむことはできない。更に帝の子でありながら、臣下として源姓を賜り、帝位を継ぐ権利を奪われている。  
 こうして比べてみれば、頭中が単純で隠し事の出来ない性格であったことは自然なこととうなづけるのではないでしょうか。若い時には源氏を乗り越えてやると競争心むき出しだった頭中ですが、やがてある時期、40歳を迎える頃にはこいつには適わなかったと敗北を認めるようになっています。位からいえば、二人とも最後は太政大臣になっていますから同じです。ただ、源氏は冷泉帝から准太上天皇という特別な位を授かっています。これは実の父が源氏であることを知った冷泉帝が無理にも授けたものではありますが、誰も異を唱えるものがなく、源氏がそういう特別な位にふさわしいと世間が認めていたことになります。頭中も同じ思いだったのでしょうね。
 プライド高くちょっと子供っぽいまでに競争心むきだしだった若いころ、娘や息子のことで一生懸命になった中年時代、長男を亡くして悲しみに沈んだけれど、他の多くの子どもや孫に囲まれて過ごしたであろう老年期。物語の主人公にはなれない平凡な男の一生でした。けれども、主人公光源氏を描くためにはどうしても必要な人物だったというわけです。
 愛すべき頭中の物語はこれで御終い。








文:岸本久美子
【引用】新潮日本古典集成より


次回 脇役の男たち第三章 其の二「柏木」  2023年2月~配信予定
YouTube動画中の「源氏物語手鑑」につきまして。和泉市久保惣記念美術館デジタルミュージアム許可のもと引用しています🔗