明石入道三、あたら夜の

明石

其の三「あたら夜の」

 

 

 

 娘は入道の住む館とは別の、少し浜から離れた岡辺の家に母親と住んでいます。ついに何もかも打ち明けて語り合った翌日、源氏からの手紙が来ることを予期して入道は娘の舘に来ています。そこに予想通り源氏から手紙が届きます。その手紙には歌が書かれており、その後に「思ふには」とだけ書かれていました。「思うには」は古今集の「思ふにはしのぶることぞ負けにける色には出でじと思ひしものを」という歌を引いたもので、「あなたを思う気持ちを表にはだすまいと思って我慢していましたが、とうとう我慢しきれなくなりました」というような意味です。源氏が詠んだ歌「をちこちも知らぬ雲居にながめわびかすめし宿の梢をぞとふ」のほうは、「どこを目指してよいかわからずあなたを思って物思いにふける日々でしたが、ちらりとお住まいを聞いたのでお便りさせていただきました」というような意味でしょうか。
 待ち構えていた入道は期待通りに源氏から手紙が来たことでついに念願が叶ったと大喜び、手紙を持ってきた使いの者を盛大にもてなします。そして娘にお返事を書かせようとするのですが、娘は恥ずかしがるばかりで一向に筆をとろうとはしません。困り果てた入道は、代わりにお返事を書いたのでした。原文で読みましょう。

  入道も、人知れず待ちきこゆとて、かの家に来ゐたりけるもしるければ、御使いとまばゆきまで酔はす。御返りいと久し。内に入りてそそのかせど、娘はさらに聞かず。いとはづかしげなる御文のさまに、さし出でむ手つきも、はづかしうつつましう、人の御ほどわが身のほど思ふにこよなくて、ここちあしとて寄り臥しぬ。言ひわびて、入道ぞ書く。
いとかしこきは、田舎びてはべる袂に、つつみあまるにや。さらに見たまへも及びはべらぬかしこさになむ。さるは、
ながむらむ同じ雲居をながむるは思ひもおなじ思ひなるらむ
となむ見たまふる。いとすきずきしや。
と聞こえたり。陸奥紙に、いたう古めきたれど、書きざまよしばみたり。げにもすきたるかなと、めざましう見たまふ。

 「田舎者の娘は恐れ多くてお返事をよう書きません。おそらくはあなたさまが娘を思って下さると同じようにあなたさまに思いを寄せていると思います。色めいたことを申してすみません。」としゃれた字で書かれていました。それを見た源氏は入道の好き者ぶりにちょっとあきれています。
 そして翌日再び源氏は娘にあてた手紙を届け、今回は入道にせっつかれて本人がお返事を書いたのでした。それを見て源氏は娘の筆跡が京の身分の高い女性のものにおとらぬものであり、また歌の出来ばえもなかなかであることに満足したのでした。その後は人目を忍んで二三日おきに手紙を書きかわす日々が続いたのでした。源氏は娘に対する興味が募り、逢ってみたいとは思うものの、こちらから赴くのは憚られ向こうからお仕えするという形で来てくれればすぐにも傍に置くのにという気持ちです。しかし娘の方は自分の方から下手にでるつもりはないのです。父入道のほうはどんな形ででも娘と源氏がむすばれればよいと思っていますが、娘、明石の君と呼ばれることになる女性ですが、彼女は思慮深い人です。いくら愛しているとか逢いたいとか言われてもここで自分の方から男の元へ出向けば、夫と妻という関係ではなく、お仕えする側女にすぎない関係になることを承知しているのです。彼女は気位の高い女です。
 そしてとうとうある夜さびしさに耐えられなくなった源氏が入道に「せめて琴の音を聞かせてもらえないだろうか」と持ち掛けます。入道は喜んで良き日を選んで、娘の部屋を輝くばかりにととのえておいて、周囲には内緒でこっそり源氏を招いたのでした。折から月の美しい夜です。入道からただ「あたら夜の」とだけ書かれた手紙を受け取った源氏の君はこれが「あたら夜の月と花とを同じくは心知れらむ人に見せばや」という歌の一節であることから、今夜の美しい月のもと、娘を訪ねてほしいという入道の意を汲み取って出かけたのでした。原文で読みましょう。

  忍びてよろしき日見て、母君のとかく思ひわづらふを聞き入れず、弟子どもなどにだに知らせず、心一つに立ちゐ、かかやくばかりしつらひて、十三日の月のはなやかにさし出でたるに、ただ「あたら夜の」と聞こえたり。君は、好きのさまやとおぼせど、御直衣たてまつりひきつくろひて、夜ふかして出でたまふ。御車は二なく作りたれど、所狭しとて、御馬にて出でたまふ。(略)娘住ませたるかたは、心ことに磨きて、月入れたる真木の戸口、けしきばかりおしあけたり。うちやすらひ、何かとのたまふにも、かうまでは見えたてまつらじと深う思ふに、もの嘆かしうて、うちとけぬ心ざまを、こよなうも人めきたるかな、さしもあるまじき際の人だに、かばかり言ひ寄りぬれば、心強うしもあらずならひたりしを、

 娘の館に着いてみると妻戸が少し開けてあります。そこで源氏は部屋の外に立ってあれこれと話しかけるのですが、娘は堅苦しい態度で打ち解けようとはしないのです。源氏は普通の女ならここまでくれば拒むことはしないのにと思い戸惑っています。とはいえ部屋の外にたったままでいるわけにもゆかず、結局は無理にも娘に近づいたのでした。実際に逢ってみると娘は予想以上に気品を備えた素晴らしい人でした。こんな田舎にこんな高貴な雰囲気を備えた女性がいるとは・・・・・源氏はすっかり気に入って、秋の長夜もあっという間に明けてしまったのでした。原文で読みましょう。

  人ざま、いとあてに、そびえて、心はづかしきけはひぞしたる。かうあながちなりける契りをおぼすにも、浅からずあはれなり。御心ざしの近まさりするなるべし。常はいとはしき夜の長さも、とく明けぬるここちすれば、人に知られじとおぼすも、心あはたたしうて、こまかに語らひ置きて出でたまひぬ。

 その後は源氏は密かに娘の舘に通うようになったのですが、人目を憚り、また京に残した妻紫の上の思惑も気がかりで、間のあくことも時折ありました。その度に入道は心を痛め、ひたすら源氏の気持ちが娘から離れないことを祈るのでした。

 かくて後は、忍びつつ時々おはす。ほどもすこし離れたるに、おのづからもの言ひさがなき海士の子もや立ちまじらむとおぼし憚るほどを、さればよと思ひ嘆きたるを、げにいかならむと、入道も、極楽の願ひをば忘れて、ただこの御けしきを待つことにはす。今さらに心を乱るも、いといとほしげなり。

 娘のほうもしばらく間があくと、やはり一時のお慰みにすぎなかったのかとそのたびごとに嘆き、また源氏の君を恋しく思う気持ちが募り、悲しくなるのでした。これまで親だけを頼りに心穏やかに過ごしてきたのに、なぜこんな気苦労をしょいこんだのだろうと思っています。それでも、源氏が訪れた時はそんなそぶりは見せないのでした。原文です。

 女、思ひしもしるきに、今ぞまことに身も投げつべきここちする。行く末短げなる親ばかりを頼もしきものにて、いつの世に人なみなみになるべき身とは思はざりしかど、ただそこはかとなくて過ぐしつる年月は、何ごとをか心をもなやましけむ、かういみじうもの思はしき世にこそありけれと、かねておしはかり思ひしよりもよろづに悲しけれど、なだらかにもてなして、憎からぬさまに見えたてまつる。

 こうして一年近い月日が流れました。そして状況が急に変わることになります。
今回はここまでです。











文:岸本久美子
【引用】新潮日本古典集成より


次回2024年5月23日 光源氏に王権を奪還させた男 其の四「しほじむ身となりて」
YouTube動画中の「源氏物語手鑑」につきまして。和泉市久保惣記念美術館デジタルミュージアム許可のもと引用しています🔗