葎の宿の夕顔 三、なにがしの院

三「なにがしの院」

 

 

 次第に夜は明けてゆきます。夕顔はどこに行くともわからぬままに連れ出されることをためらっていたのですが、明るくなりきらぬうちにと源氏の君は夕顔と右近を車にのせて、近くの何某の院へ連れ出したのでした。この何某の院は現在の渉成園あたりにあった源融の河原の院がモデルかと言われています。その屋敷は使われていないので、何となく荒れていて、門には軒偲ぶが生い茂り、広いお庭は樹々で鬱蒼としています。なんだか気味が悪いわという夕顔を、源氏はいつもあの立て込んだところで暮らしているからだろうとおかしく思っています。そのあたりのところを原文で読みましょう。

  いさよふ月に、ゆくりなくあくがれむことを、女は思ひやすらひ、とかくのたまふほどに、にはかに雲がくれて、明けゆく空いとをかし。はしたなきほどにならぬ先にと、例の急ぎ出でたまひて、軽らかにうち乗せたまへれば、右近ぞ乗りぬる。そのわたり近きなにがしの院におはしまし着きて、預り召し出づるほど、荒れたる門のしのぶ草茂りて見上げられたる、たとしへなく木暗し。霧も深く露けきに、簾をさへ上げたまへれば、御袖もいたく濡れにけり。
「まだかやうなることをならはざりつるを、心づくしなることにもありけるかな。
いにしへもかくやは人のまどひけむ
わがまだ知らぬしののめの道
ならひたまへりや」とのたまふ。女、はぢらひて、
「 山の端の心も知らでゆく月は
うはの空にて影や絶えなむ
心細く」とて、もの恐ろしうすごげに思ひたれば、かのさしつどひたる住ひのならひならむと、をかしくおぼす。

 源氏は「女性をつれだすなどということは初めてなので色々気が疲れることです」と言って、「昔も人はこんなふうに明けがたの道に迷ったのだろうか。私は初めてのことだ」というような歌を詠みかけています。すると夕顔のほうは「山の端に入る月の心がわからぬようにあなたのお心もわからぬまま、私は消えてしまうのではないでしょうか」と歌で答えています。このあたりは後の展開を予言している感がありますね。
 突然の来訪に留守居の者は大慌てで御座所を用意し、簡単なお食事も差し上げたのでした。この留守居の者は源氏の君もよく知っている男です。普段なら当然何人もいるはずの御供の者がほとんどいないので留守居の者は心配して誰か呼びましょうと言うのですが源氏は断っています。可愛い人との時間を誰にも知られずゆっくり過ごしたかったのです。この日はそのまましばらく休んで、すっかり陽が高くなってから起きて二人だけで一日を過ごしたのでした。格子を上げて外を見渡すと人影もなく荒れた庭が広がっています。池も水草に埋もれて気味悪い。この屋敷の留守居の者たちは少し離れた建物にいるらしい。怖ろし気な所だけれど、鬼だって自分のことは大目に見てくれるだろうと源氏は夕顔に話しかけています。原文で読みましょう。

  日たくるほどに起きたまひて、格子手づから上げたまふ。いといたく荒れて、人目もなく遥々と見わたされて、木立いとうとましくものふりたり。け近き草木などは、ことに見所なく、みな秋の野らにて、池も水草にうづもれたれば、いとけうとげになりにける所かな。別納のかたにぞ、曹司などして、人の住むべかめれど、こなたは離れたり。「けうとくもなりにける所かな。さりとも鬼なども、われをば見ゆるしてむ」とのたまふ。

 実は源氏はこの時まで一度も覆面をとらず、ずっと顔を隠していたのです、けれどもこうして誰もいない二人だけの場でもまだ顔を隠していては女も気味が悪かろうと思って覆面を取って顔を見せたのでした。そして、夕顔に、顔を見た感想を歌で尋ねています。その部分を原文で読みましょう。

  顔はなほ隠したまへれど、女のいとつらしと思へれば、げにかばかりにて隔てあらむも、ことのさまにたがひたりと、おぼして、
「 夕露に紐とく花は玉鉾の
たよりに見えしえにこそありけれ
露の光やいかに」とのたまへば、後目に見おこせて、
    光ありと見し夕顔のうは露は
たそかれどきのそら目なりけり
と、ほのかに言ふ。をかしとおぼしなす。げにうちとけたまへるさま、世になく、所から、まいてゆゆしきまで見えたまふ。

 ふたりの歌の贈答は「夕顔の縁でこうしてお逢いすることになりましたが、私の顔の感想は?」などと言っています。夕顔の方は「光輝くと見えたのは夕暮れの空目でしたわ」と冗談めかして答えたので源氏はなかなか洒落た返答をするものだとこのおとなしくて控え目な女性のもう一面を見た気がしてますます気に入ったのでした。そして。私も顔を見せたのだからあなたもご自分のことを教えてください。どこの誰なのだか言って下さい。というのですが、女は名乗るような氏素性はありませんと言って名前も教えてくれないのでした。やがてその日も暮れてゆきます。右近がお傍にいるだけで他には誰もいない、本当に静かな夕暮れです。奥の方は暗くて気持ち悪いと夕顔が思っているので、二人で外に近い所に並んで横になっています。夕日に映える顔を互いに見かわして、幸せな満ち足りた気持ちです。思いがけない展開に動揺しながらも、次第に打ち解けてゆく夕顔の様子がほんとうにいじらしくて、源氏はもうこの女がいとしくてたまりません。怖がってずっと源氏の側にぴったりくっついているのも子供っぽくてかわいいのです。原文です。

  たとしへなく静かなる夕の空をながめたまひて、奥のかたは暗うものむつかしと女は思ひたれば、端の簾を上げて添ひ臥したまへり。夕ばえを見かはして、女もかかるありさまを思ひのほかにあやしきここちはしながら、よろづの嘆き忘れて、すこしうちとけゆくけしき、いとらうたし。つと御かたはらに添ひ暮らして、ものをいと恐ろしと思ひたるさま若う心苦し。

 やがて日が暮れてきました。源氏の君は昨日の夜からずっと行方をくらましていることがちょっと気になり始めています。惟光だけはこの院にいることを嗅ぎつけてちょっと顔を出しましたが、他にはだれも知るものがいません。父帝もあちこち探していらっしゃることだろう、仰せを受けたものは一体どこを探していることやらとお思いになるにつけても、我ながらおかしなことをしているものだ、六条のお方もさぞかし私を恨めしく思っておいでだろう、それも道理だと申し訳ない気持ちです。今目の前に無邪気な様子で座っているひとをいとしいとお思いになるにつけても、六条のお方のあまりにも思慮深くこちらが苦しくなるような堅苦しさを少し取り捨ててあげたいとふとお思いになるのでした。その部分原文で読んでおきましょう。

  内裏にいかに求めさせたまふらむを、いづこに尋ぬらむと、おぼしやりて、かつはあやしの心や、六条わたりにも、いかに思ひ乱れたまふらむ、うらみられむに、苦しうことわりなりと、いとほしき筋は、まづ思ひきこえたまふ。何心もなきさしむかひを、あはれとおぼすままに、あまり心深く、見る人も苦しき御ありさまを、すこし取り捨てばや、と思ひくらべられたまひける。

 こうして、目の前の女を六条のお通いどころの女性と比べてごらんになったことがこの後の悲劇を招いたのかもしれません。この六条の女性は六条御息所であろうと推察されます。ではこの続きは次回にまわしましょう。








文:岸本久美子
【引用】新潮日本古典集成より


第四章 通り過ぎた女君たち 其の四「火も消えにけり」は2025年4月24日配信予定です。
YouTube動画中の「源氏物語手鑑」につきまして。和泉市久保惣記念美術館デジタルミュージアム許可のもと引用しています🔗