四、涙河

通り過ぎた女たちその6 右大臣の娘朧月夜
四「涙河」

 

 

 

 朧月夜との現場を抑えた右大臣は証拠物の畳紙を片手に真っ赤になって弘徽殿太后の元に走ったのですが、その報告を聞いた太后のあまりに激しい反応に右大臣は驚いて、「まあまあ」となだめようとします。「このことはここだけのことにして、帝にも申し上げないことにしようではないか」と言って、今更のように太后に報告したことを後悔しますがもう手遅れです。右大臣は案外好人物ですね。太后がどんな復讐を源氏に対して行うかわからないと思うと源氏が気の毒になったのです。けれどもこの機会を太后が利用しないはずがありません。これまでの怨みを晴らそうと源氏や春宮を失脚させるための画策を練り始めたのでした。
そんなことから世間の情勢は日増しに源氏にとって不利なものとなってゆき、このままでは流罪も免れないとの判断から、源氏は自ら京を離れて謹慎することにしたのでした。隠棲の地は須磨と決め、色々と手はずを整え、準備をする中で朧月夜には無理な算段をして別れの手紙を出したのでした。原文で読みましょう。

  尚侍の御もとに、わりなくして聞こえたまふ。
とはせたまはぬもことわりに思ひたまへながら、今はと世を思ひ果つるほどの憂さもつらさも、たぐひなきことにこそはべりけれ。
逢ふ瀬なき涙の河に沈みしや
流るるみをのはじめなりけむ
 と思ひたまへ出づるのみなむ、罪のがれがたうはべりける。
道のほどもあやうければ、こまかには聞こえたまはず。

 源氏の手紙は「あなたがお見舞い下さらないのも無理のないこととは思いますが、もう何もかも終わりと京を離れる辛さは言いようもないものです。」とあってそのあとの歌は「身を」と「水脈」が掛詞になっていて、「あなたに逢えない辛さで涙に沈んだことが、こうして流れて行く身となる始まりだったのでしょうか」というような意味で、朧月夜とは結ばれることがなかったというふうに敢えて白々しい嘘を吐いています。これは、この手紙が誰かの目に触れることがあるかもしれないということを想定したものです。さてこの手紙を受け取った朧月夜は涙にくれて、お返事を書きます。「あなたが沈んでいるとおっしゃるその涙河に浮かぶ水泡のようにはかない私は、あなたがお帰りになる時を待たずに死んでしまうでしょう」というような意味の歌が、乱れた、けれど美しい筆跡で書かれていました。それを読んだ源氏はもう一度逢いたいという衝動に駆られるのですが、さすがに無理だと思い返してあきらめたのでした。その部分原文でご紹介しましょう。

  女、いといみじうおぼえたまひて、忍びたまへど、御袖よりあまるも所狭うなむ。
   涙河うかぶ水泡も消えぬべし
    流れてのちの瀬をも待たずて
泣く泣く乱れ書きたまへる御手、いとをかしげなり。今ひとたび対面なくてやはとおぼすは、なほくちをしけれど、おぼし返して、憂しとおぼしなすゆかり多うて、おぼろけならず忍びたまへば、いとあながちにも聞こえたまはずなりぬ。

 こうして源氏は須磨へと去って行きました。残された朧月夜は自宅謹慎となり、世間の笑いものにもなってすっかりしおれています。そんな朧月夜を見て、父右大臣は元々可愛くてたまらない娘なので、弘徽殿太后にも帝にもお願いして、宮中に戻ることの許しを得たのでした。それにつけても、彼女は源氏の君のことが悲しく思い出されてならないのでした。原文です。

  尚侍の君は、人笑へにいみじうおぼしくづほるるを、大臣いとかなしうしたまふ君にて、切に、宮にも内裏にも奏したまひければ、限りある女御、御息所にもおはせず、公ざまの宮仕へとおぼし直り、また、かの憎かりしゆゑこそ、いかめしきことも出で来しか、許されたまひて、参りたまふべきにつけても、なほ心に染みにしかたぞあはれにおぼえたまひける。

 宮中に参内すると、帝は周囲の非難も気にせず、朧月夜を傍らから離さず愛の誓いを繰り返させなさるのでした。朱雀帝も優雅で美しい容貌の方です。それなのに畏れ多いことに、朧月夜は相変わらず源氏の君のことを心の中では恋しく思い出しているのでした。

  七月になりて参りたまふ。いみじかりし御思ひの名残なれば、人のそしりもしろしめされず、例の、うへにつとさぶらはせたまひて、よろづに怨み、かつはあはれに契らせたまふ。(帝は)御さま、容貌も、いとなまめかしうきよらなれど、思ひ出づることのみ多かる心のうちぞかたじけなき。

その後二年半で、朱雀帝は、弘徽殿太后の反対を押し切って源氏召還の宣旨を出します。母太后も自分自身も病気がちになったこともあって、ひそかに譲位を考えた帝は、春宮の後見役としての源氏が必要と判断したからでした。一方、源氏が去ってからの二年半、帝の優しさに包まれて、朧月夜の心は次第に帝に寄り添うようになって来ています。そうとは気づかぬ帝は、いとしくてたまらない朧月夜が今も自分よりは源氏の君に心を寄せていると思い込んでいます。そのあたりを原文で読みましょう。

  (朱雀帝は)下りゐなむの御心づかひ近くなりぬるにも、尚侍、心細げに世を思ひ嘆きたまへる、いとあはれにおぼされけり。「大臣亡せたまひ、大宮もたのもしげなくのみあついたまへるに、わが世も残り少なきここちするになむ、いといとほしう、名残なきさまにてとまりたまはむとすらむ。昔より人には思ひおとしたまへれど、みずからの心ざしのまたなきならひに、ただ御ことのみなむ、あはれにおぼえける。立ちまさる人、また御本意ありて見たまふとも、おろかならぬ心ざしはしも、なずらはざらむと思ふさへこそ、心苦しけれ」とて、うち泣きたまふ。

 ここで朱雀帝は朧月夜に「私の命も先が少ないような気がします。自分が死んだ後のことを思うとあなたの事だけが心配なのです。あなたは昔から私よりもあの人に心を寄せておいでだけれど、あの人の愛情など私にはとても及ばないでしょうよ。」などと言って泣いています。そう言われて朧月夜は顔を赤らめて涙をこぼします。彼女の涙を見ると朱雀は彼女へのいとしさが一層増して、「なぜ私の子を産んでくれなかったのか。残念だ。私が死んだ後ではあの人の子を産むんだろうね。悔しいよ。」と言ったりします。朧月夜はそんなことを言われて恥ずかしくも悲しくもなって、これまでのことをあれこれと思い出してなぜあんなことをしたのだろうとわが身を悔いる思いで一杯になったのでした。「本当に帝は源氏の君と比べてもひけをとらないお美しさでいらっしゃるし、おそばで暮らす日々を重ねる中で本当に私を愛し大切にして下さる。それに比べると源氏の君の愛なんて本物じゃない。それなのに、あの頃、なぜ若気の至りというか、自分の至らなさからとんでもない騒ぎを引き起こして自分も傷つき、源氏の君にも迷惑をかけるようなことをしでかしたのだろうか、と過去の自分を顧みて後悔するのでした。原文で読みましょう。

  御容貌など、なまめかしうきよらにて、限りなき御心ざしの年月に添ふやうにもてなさせたまふに、めでたき人なれど、さしも思ひたまへらざりしけしき、心ばへなど、もの思ひ知られたまふままに、などて、わが心の若くいはけなきにまかせて、さる騒ぎをさへ引き出でて、わが名をばさらにもいはず、人の御ためさへ、などおぼし出づるに、いと憂き御身なり。

やがて朱雀は譲位してのんびり暮らすことになります。とりあえずは健康をとりもどし、朧月夜をお傍に置いて管弦の遊びなどを気楽に催して平和な日々を送ったのでした。
そんなふうでしたから、帰京後もまだ朧月夜のことが忘れられない源氏から時々逢いたいという意向も届いたのですが、朧月夜の方はもう懲り懲りという思いで、全然誘いには乗らないのでした。今日はここまでです。










文:岸本久美子
【引用】新潮日本古典集成より


次回は、第四章 通り過ぎた女君たち シリーズ最終 其の六 右大臣家の娘朧月夜 五「移りゆく世」 2026年3月12日~配信です。
YouTube動画中の「源氏物語手鑑」につきまして。和泉市久保惣記念美術館デジタルミュージアム許可のもと引用しています🔗