四、唐衣

没落宮家の姫君末摘花
四「唐衣」

 

 

 このあと年末には末摘花から源氏にとんでもない衣装が新年用として届けられて、顰蹙をかうことになります。末摘花はあくまで自分が光源氏の妻であるという認識なので、妻の実家で婿の新年の衣装は用意するものという当時の風習を守っているわけです。彼女の場合は、経済的援助を源氏から受けているわけですから、新年の衣装をこちらから贈ることは普通に考えるとありえないのですけれど、末摘花にはそういう世間一般の常識は通用しません。その衣装とお手紙をことづかった命婦は果たしてお届けして良いものだろうかと悩むのですが、勝手に処分するわけにも行かず、一応お目に掛けようと源氏の元に持参したのでした。原文で読みましょう。

  年も暮れぬ。内裏の宿直所におはしますに、大輔の命婦参れり。(略)「あやしきことのはべるを、聞こえさせざらむもひがひがしう、思ひたまへわづらひて」と、ほほゑみて聞こえやらぬを、「何ざまのことぞ。我にはつつむことあらじとなむ思ふ」(略)「かの宮よりはべる御文」とて取り出でたり。「ましてこれは、取り隠すべきことかは」とて、取りたまふも胸つぶる。陸奥紙の厚肥えたるに、匂ひばかりは深うしめたまへり。いとよう書きおほせたり。歌も、
 唐衣君が心のつらければ
    袂はかくぞそぼちつつのみ
心得ずうちかたぶきたまへるに、包みに、衣筥の重りかに古代なる、うち置きて、おし出でたり。

 命婦は、まず歌の書かれたお手紙をお見せするのですが、これが普通は恋文などには使わない厚く武骨な紙に、力強い筆跡で書かれているのです。歌の意味もわからず源氏が首をかしげていると命婦が衣箱を押し出します。中に入っていたのはとんでもなく色褪せた、艶のないあやしげなお召し物だったのです。歌がこの衣に添えられたものであることがわかって、源氏はそのセンスの悪さにあきれ果てています。末摘花のほうでは一生懸命衣装を用意し歌も詠み添えて、自分では上出来と思っていて、そのまわりの古女房たちもお嬢様はよくなさると評価しているわけですから、救いようがありません。末摘花に何とか魅力を見出したいと思う源氏ですが失望を重ねるばかりでした。この時は末摘花からの文の片隅にこんな歌をいたずら書きしたのでした。

  なつかしき色ともなしに何にこの
すゑつむ花を袖に触れけむ
 
 懐かしいと思うような色でもないのにどうしてこの紅花(赤い鼻をかけています)に手を出したのだろうかというような意味でしょうか。完全に末摘花を馬鹿にしたような歌です。もっともこの歌は命婦にしか見せていません。
末摘花への返歌は、翌日になってから命婦に届けさせました。原文です。

 御返りたてまつりたれば、宮には、女房つどひて見めでけり。
   逢はぬ夜をへだつるなかの衣手に
     かさねていとど見もし見よとや
白き紙に、捨て書いたまへるしもぞ、なかなかをかしげなる。
 晦日の日、夕つ方、かの御衣筥に、御料とて人のたてまつれる御衣一具、葡萄染の織物の御衣、また山吹か何ぞいろいろ見えて、命婦ぞたてまつりたる。

 源氏の返歌は「逢わない夜が多いのにさらに間をへだてるために衣を送ってこられたのですか」というような意味でしょうか。
その後、大晦日には、源氏から美しい色合いの衣装がたくさん届きます。末摘花のほうから衣装をいれて送った筥に入れて送り返してきたのです。これはかなり嫌味だと思うのですが、常陸宮家の老女房たちは、こちらからの衣装も見劣りするようなものではなかったはずだとか、御歌もこちらからの方が筋が通っていましたなどと言うのでした。
 失望しげんなりしながらも、宮家のものさびしげなあわれな様子を思い出して源氏は正月7日には夜更けてから立ち寄ったのでした。源氏からの様々な援助のお蔭で宮邸も以前よりは活気づいて、姫君の姿も少し見良くなっています。この朝は夜が明けてあかるくなるまで滞在して、少し美しくなった姿を見ることが出来たらどんなに嬉しいだろうと思って格子を少しあげて末摘花の姿を見ます。頭の形と黒い髪は申し分ないのですが、お鼻は相変わらずでした。原文です。

 「今年だに、声すこし聞かせたまへかし。待たるるものはさし置かれて、御けしきの改まらむなむゆかしき」とのたまへば、「さへづる春は」と、からうしてわななかしいでたり。「さりや。年経ぬるしるしよ」と、うち笑ひたまひて、「夢かとぞ見る」と、うち誦じて出でたまふを、見送りて添ひ臥したまへり。口おほひの側目より、なほかの末摘花、いとにほひやかにさし出でたり。見苦しのわざやとおぼさる。

 相変わらず無口な末摘花に源氏は「せめて声を聞かせて下さい」と言っています。すると末摘花は「さへづる春は」と震える声で応えたとあります。これは古今集の「百千鳥さへづる春は物ごとに改まれども我ぞふりゆく」という歌によるもので、「年が改まって全ては新しくなりましたけれど私は年老いて行くばかりです」とまあ尋常なお返事ですね。これを聞いて源氏は笑って「お返事がおできになるなんてやはり一つお年をとられた甲斐がありましたね」「あなたからお返事がいただけるなんて夢みたいだ」と言っています。
 このあと二条院に帰ってみると最近手元に引き取った若紫が可愛らしい様子で出迎えます。こんなかわいい子がいるのになんで他の女のところにいったりするのかと我ながら不思議に思い、人形遊びを一緒にしたりしてたわむれるのですが、そんな遊びの中で、源氏は末摘花を笑いものにしています。自分の鼻に赤く色を塗っておいて、「とれなくなったどうしよう」と若紫をからかい、彼女が一生懸命鼻をぬぐうという場面が描かれています。作者の末摘花を見る目はやや冷酷といえるでしょう。

 この後しばらく末摘花は物語から姿を消します。そして、後日譚の語られる蓬生の巻になると、彼女の扱われ方は異なっています。作者は、時流に逆らって生きる、このあくまでも古風な女性をむしろ好感を持って描いているのです。
 後日譚の語られるこの巻までの間には、十年近い歳月が流れており、その間源氏の身には様々なできごとがありました。正妻葵の上は長男の夕霧を生んでやがて亡くなりました。そのあと若紫と結婚、父桐壺帝の死去、藤壺の出家、帝の妻となった朧月夜との密会とその露顕。そしてその件が引き金となっての須磨流謫。須磨と明石で二年半を過ごすことになりました。当然の事ながら、京を離れてしまえば、よほど大切な人以外のことは忘れてしまいますよね。さあ末摘花はどうなったでしょうか。
ここからは次回といたしましょう。










文:岸本久美子
【引用】新潮日本古典集成より


次回、通り過ぎた女君たち第四章其の五 五「蓬生」2025年12月11日配信です。
YouTube動画中の「源氏物語手鑑」につきまして。和泉市久保惣記念美術館デジタルミュージアム許可のもと引用しています🔗