没落宮家の姫君末摘花
六「松こそ宿のしるし」
源氏の帰京は8月のことでしたが、その後音沙汰のないまま何か月も過ぎました。常陸宮邸は荒れ果てたまま訪れる人もありません。これまでは時折来てくれていた侍従も今は遠くへ行ってしまい、末摘花は,毎日悲しく寂しい想いで暮らしていました。やがて冬が来て、お庭には雪が降り積もって、まるで越前の国の白山のようになっています。人の出入りがなく、葎が茂って陽が差し込まないために雪が溶けないのです。少し原文で読みましょう。
霜月ばかりになれば、雪霰がちにて、ほかには消ゆる間もあるを、朝日夕日をふせぐ蓬葎の陰に深うつもりて、越の白山思ひやらるる雪のうちに、出で入る下人だになくて、つれづれとながめたまふ。はかなきことを聞こえなぐさめ、泣きみ笑いみまぎらはしつる人さへなくて、夜の塵がましき御帳のうちもかたはらさびしく、もの悲しくおぼさる。かの殿には、めづらし人に、いとどもの騒がしき御ありさまにて、いとやむごとなくおぼされぬ所々には、わざともえおとづれたまはず。まして、その人はまだ世にやおはすらむとばかりおぼし出づるをりもあれど、尋ねたまふべき御心ざしも急がであり経るに、年かはりぬ。
源氏の君はあれこれ多忙で、さほど大切に思っておいででない所への御訪問は控えておいでです。末摘花の事もたまにあの方はまだ生きておいでだろうかなどとちらりと思い出されることはありましたが、あえて尋ねて行こうという気にはならなかったのでした。そのうちに年が変わり四月になって源氏は、ある夜、花散里を訪ねる途中でたまたま常陸宮邸の前を通りかかり、見覚えのある木立だなと車を止めます。この日もお供をしていた惟光に聞くと、やはり常陸宮の屋敷だというのです。そこでまず惟光を庭に入らせて確かめさせるのですが、とても人が住んでいるとは思えないような荒れようです。それでも奥へ入ってゆくと建物の中に人の気配があり、声を掛けると老女が応えたのでした。かつて惟光も聞いたことのある声でした。源氏はこんなひどい状態で末摘花が自分を待っていたのだと知って衝撃を受け、惟光が止めるのも聞かず車を降りて、藪をかき分け、露でぐっしょりぬれながら姫君の元を訪ねたのでした。原文です。
いみじうあはれに、かかるしげきなかに、何ごこちして過ぐしたまふらむ、今まで訪はざりけるよと、わが御心の情なさもおぼし知らる。(略)
尋ねてもわれこそとはめ道もなく
深き蓬のもとの心を
とひとりごちてなほ下りたまへば、御さきの露を、馬の鞭して払いつつ入れたてまつる。雨そそきも、なほ秋の時雨めきてうちそそけば、「御傘さぶらふ。げに木の下露は、雨にまさりて」と聞こゆ。御指貫の裾は、いたうそぼちぬめり。
源氏が独り言で呟いた歌「尋ねてもわれこそとはめ 道もなく深き蓬のもとの心を」は「茂った草の中を辿って捜し捜してでも私は昔の人の変わらぬ心に逢いに行こう」というような意味でしょうか。末摘花は待ちに待った源氏の君がついにおいでになったということを知って嬉しくもあり恥ずかしくもあり、どう対応してよいかわからないのでした。とりあえずお傍の老女たちに言われて、この前叔母の置いて行った新しい着物に着替えて几帳の陰に隠れて源氏の君をお迎えしたのでした。原文です。
姫君はさりともと待ち過ぐしたまへる心もしるく、うれしけれど、いとはづかしき御ありさまにて対面せむもいとつつましくおぼしたり。大弐の北の方のたてまつり置きし御衣どもをも、心ゆかずおぼされしゆかりに、見入れたまはざりけるを、この人々の、香の御唐櫃にいれたりけるが、いとなつかしき香したるをたてまつりければ、いかがはせむに、着かへたまひて、かの煤けたる御几帳引き寄せておはす。
入って来た源氏は几帳の垂布を少しめくって末摘花に「長年御無沙汰をしましたが、あなたのことはずっと心に掛けていました。そのうちご連絡があるかと待っていたのですが、なかなかお便りもないので、きょうお屋敷の前を通りかかってお宅の木立が人待ち顔に目についたので、通り過ぎることが出来なくて立ち寄りました」と話しかけます。じょうずな嘘はお手の物です。心のうちでは、可愛そうなことをしたと今日まで放置したことを申し訳なく思っています。ただお部屋の様子をみても、姫君の様子を見ても今夜ここに泊まろうという気にはとてもなれません。なんとか適当に言いつくろって逃げ出そうと源氏は思います。ただ、自分を信じて待ち続けた姫君の心にはすっかり感動しています。そこで、「またそのうち、ゆっくり、私の田舎ずまいの話も聞いてください。そして、この間のあなたの御苦労のお話も私以外にはお聞きする者はないだろうと思っています」などと話したのでした。詠みかけられた歌に今回は末摘花もすぐに返歌をしたので、源氏は成長ぶりを感じたのでした。原文です。
「藤波のうち過ぎがたく見えつるは
松こそ宿のしるしなりけれ
数ふればこよなう積りぬらむかし。都に変りにけることの多かりけるも、さまざまあはれになむ。今のどかにぞ鄙の別れにおとろへし世の物語も聞こえ尽くすべき。年経たまへらむ春秋の暮らしがたさなども、誰にかはうれへたまはむと、うらもなくおぼゆるも、かつはあやしうなむ」など聞こえたまへば、
年を経て待つしるしなきわが宿を
花のたよりに過ぎぬばかりか
と忍びやかにうちみじろきたまへるけはひも、袖の香も、昔よりはねびまさりたまへるにやとおぼさる。
この後も、泊まりに来ることこそありませんでしたが、庭の手入れ、屋敷や、塀の修理など、細かいところまで源氏の配慮が行き届くようになりました。こうしてふたたび源氏の保護をうけることになったことが知れると、姫を見限って出ていった女房たちが再び参り集い、屋敷は活気づきます。そして、二年後には源氏の屋敷の敷地内にある二条東の院にひきとられ、源氏の君も時折様子をのぞきに来られたと書かれています。原文です。
二年ばかりこの古宮にながめたまひて、東の院といふ所になむ、のちはわたしたてまつりたまひける。対面したまふことなどは、いとかたけれど、近きしめのほどにて、おほかたにもわたりたまふに、さしのぞきなどしたまひつつ、いとあなづらはしげにもてなしきこえたまはず。
この後でも末摘花は三度ばかり物語に顔を出しています。一度は、源氏から届いた新年の衣装に対して、使いの者に禄として色褪せた着物を肩に掛けて歌を添えたこと。その歌は「きてみればうらみられけり唐衣 返しやりてむ袖を濡らして」というもので、着る・裏・返し・袖と唐衣の縁語で固めた古風なもの、それが古めかしい厚手のしっかりした紙に古風な固い書体で書かれています。次に登場するのは正月に源氏が二条院に残した女君たちを訪れる場面。この時は末摘花がいかにも寒そうな恰好をしていたので蔵を開けさせて絹や綾を沢山与えたとあります。もう一度は源氏の養女玉鬘の裳着の折りに末摘花がお祝いの着物を送った時のことです。この時も昔風の色褪せた衣装一式を箱に入れて贈ったのでした。付けてあった歌は「わが身こそうらみられけれ唐衣 君が袂に馴れずと思へば」とまたも唐衣の歌なのです。源氏は毎回苦笑しています。
時代遅れの思想に支配され、女性としての魅力にも欠け、美人でもない自分の自覚もなく、父の教えを墨守し、周囲の嘲笑にも気づかずに生きている末摘花。紫式部は読者へのサービスでこの人を登場させたのでしょうか。笑いをとるために?
視点を変えてみると、彼女は物語の中でただ一人、源氏の神通力が効かなかった女性、源氏に恋をしなかった女性という点で特異な存在であることがわかります。彼女は、源氏が特別な男だということに気付いていない。源氏の妻の一人であると思いこんで、彼の訪れを待ちますが、それは、あくまで夫は妻の元を訪れ、保護するものだという考えによるものであって、「魂を奪われた」とか、「恋い焦がれて」とかいう心の動きとは違うように思われます。そしてそういう彼女に対して光源氏は庇護者としての責任をはたすことに務めています。彼がただの色男ではないということが明確にされているのです。結局、末摘花の話も光源氏という男の行き届いた男としての側面を描くためのものだったのかもしれませんね。
帚木の巻・雨夜の品定めに端を発し空蝉、夕顔、末摘花と続いた、源氏の中の品の女性めぐりはここで終わります。三人が三人とも失敗に終わったのです。けれどもこの三人との出会いは源氏に自分とは異なる世界を知り、そこに生きる女性の思いを覗き見ることで、その世界をひろげるという結果をもたらしました。
そして、なかなか思うような女性はいないものという結論で彼の思いはやはり藤壺に戻っていき、その 形代として身近に置いている紫の上に愛を傾けるのでした。
文:岸本久美子
【引用】新潮日本古典集成より
次回は、第四章 通り過ぎた女君たち シリーズ最終 其の六右大臣家の娘朧月夜 一「花の宴」 2026年1月8日~配信です。
YouTube動画中の「源氏物語手鑑」につきまして。和泉市久保惣記念美術館デジタルミュージアム許可のもと引用しています🔗