二、笛吹きあはせて

末摘花、紅葉賀

光源氏にはなれなかった男 頭中将2
二、笛吹きあはせて

 

 源氏の行くところにはどこにでもついて行こうとする頭中。夕顔が急死したあと、源氏は彼女のような素直で可愛い女性に巡り合いたいと情報を集めていました。そこに、零落した姫君が親を亡くして、ひとり寂しく暮らしているという話が耳に入りました。興味を持った源氏は、知り合いの女房に頼み込んで屋敷に案内させます。
 庭先でこっそり姫の琴を聞いた後、垣間見でも、と屋敷の周りを歩いていると、そこにすでに一人の男が立っていました。どこの色男だろうと身を隠して様子をうかがうと、なんとそれは頭中だったのです。源氏の跡をつけて来たのでした。原文です。

  寝殿のかたに、人のけはひ聞くやうもやとおぼして、やをら立ち出でたまふ。透垣のただすこし折れ残りたる隠れのかたに、立ち寄りたまふに、もとより立てる男ありけり。誰ならむ、心かけたる好き者ありけりとおぼして、蔭につきて立ち隠れたまへば、頭の中将なりけり。この夕つ方、内裏よりもろともにまかでたまひける、やがて大殿にも寄らず、二条の院にもあらで引き別れたまひけるを、いづこならむと、ただならで、われも行くかたあれど、あとにつきてうかがひけり。

 頭中は、宮中から一緒に退出した源氏が、妻の待つ左大臣家には寄らず、自宅にも帰らないのを不審に思って、跡を付けて来たのでした。見つかってしまった頭中は「ひとりでこういう忍び歩きをなさるのは感心しませんなあ」と居直って忠告し、源氏は苦笑い。二人で一つの車に乗って、笛を吹きながら左大臣家に帰ったのでした。二人とも、夜行くと約束したところがあったけれど、別れる気になれなかったとあります。そうして帰り着いた左大臣家で、着換えだけして、そのまま笛を楽しんでいるとそこに左大臣も加わって三人で笛に興じたとあります。原文で読みましょう。

  おのおの契れるかたにも、あまえて、え行き別れたまはず、一つ車に乗りて、月のをかしきほどに雲隠れたる道のほど、笛吹き合わせて大殿におはしぬ。前駆などもおはせたまはず、忍び入りて、人見ぬ廊に御直衣ども召して着かへたまふ。つれなう、今来るやうにて、御笛どもふきすさびておはすれば、大臣、例の聞き過ぐしたまはで、高麗笛取り出でたまへり。いと上手におはすれば、いとおもしろう吹きたまふ。

 この場面、若い貴公子同士のいかにも楽し気な雰囲気に溢れています。二人とも、口には出さないけれど、心の中では先ほどの荒れた屋敷で漏れ聞いた琴の音色を思い出し、どんな姫君が心細く過ごしておいでなのだろうかと想像を膨らませています。当時は、荒れ果てた茅屋に思いがけず素晴らしい姫君が見いだされるといった物語が流行っていました。頭中は、勝手に先走って、もし本当にすばらしく魅力的な姫君が住んでいて、自分がその人に夢中になってしまったらみっともないことになるかもしれないなどと心配しています。原文です。

  君たちはありつる琴の音をおぼしいでて、あはれげなりつる住ひのさまなども、やうかへてをかしう思ひつづけ、あらましごとに、いとをかしうらうたき人のさて年月を重ねたらむ時、見そめていみじう心苦しくは、人にももて騒がるばかりや、わが心もさまあしからむなどさへ、中将は思ひけり。

 この後、二人は競うようにして恋文を出します。この女性は末摘花と呼ばれている人です。常陸宮という宮家の姫君ではあるのですが、とてつもなく昔風の、洗練されたところの全くない姫君でした。原文です。

  その後こなたかなたより文などやりたまふべし。いづれも返りこと見えず。おぼつかなく心やましきに、あまりうたてもあるかな、さやうなる住ひする人はもの思ひ知りたるけしき、はかなき木草、空のけしきにつけても、とりなしなどして、心ばせおしはからるるをりをりあらむこそあはれなるべけれ、重しとても、いとかうあまりうもれたらむは、心づきなくわるびたりと、中将はまいて心いられしけり。例の隔てきこえたまはぬ心にて、「しかしかの返りことは見たまふや。こころみにかすめたりしこそ、はしたなくて止みにしか」とうれふれば、さればよ、言ひ寄りにけるをやと、ほほゑまれて「いさ、見むとしも思はねばにや、見るとしもなし」と、いらへたまふを、人わきしけると思ふに、いとねたし。

 頭中は正直に末摘花からまったくお返事がないことを愚痴り、源氏にそっちはどうかと尋ねています。源氏の元にも返事は届いていなかったのですが、彼のほうは「さあどうだったかなあ。興味がないからみようとも思わないしな」ととぼけます。頭中はこの返事を聞いて、かの姫君が、源氏にだけ返事を出しているのだと思い込みました。一方源氏は、頭中も言い寄っていることがわかって、取られてたまるものかと手をまわし、結局、末摘花は源氏のものになりました。ただ、末摘花は、彼らの夢見た「茅屋に住む美女」ではありませんでした。源氏は、彼女の容貌とあまりに古風で話も通じない状態に幻滅しながらも彼女を見捨てることはしませんでした。もし頭中であったなら、どうでしょうね。
もう一人、二人が張り合った女性がいます。源の内侍という老女です。頭中は、源氏と彼女との噂を聞いて、そういう年代の人を相手にしたことはないな・・・・と源氏に対抗して自分も言い寄り、彼女の元に通うようになります。源氏はそのことは知りません。内侍は若い貴公子二人を愛人としてホクホクだったでしょうね。すでに五十代後半(今でいえば七十代?)で、色好みと評判の源の内侍。源氏はまともに相手にはしていなかったのですが、ある時、たまたま引き留められて、内侍の局に立ち寄る所を、通りかかった頭中が見つけて、後からそっと忍び込みます。夜が更けるまで物陰に隠れていて、二人が寝るのを待って飛び出しました。原文です。

  中将、いかでわれと知られきこえじと思ひて、ものも言はず、ただいみじう怒れるけしきにもてなして、太刀を引き抜けば、女、「あが君、あが君」と向かひて手をするに、ほとほと笑ひぬべし。(略)かうあらぬさまにもてひがめて、恐ろし気なるけしきを見すれど、なかなかしるく見つけたまひて、われと知りて、ことさらにするなりけりと、をこになりぬ。その人なめりと見たまふに、いとをかしければ、太刀ぬきたるかひなをとらへて、いといたうつみたまへれば、ねたきものから、え堪へで笑ひぬ。「まことはうつし心かとよ。たはぶれにくしや。いで、この直衣着む」とのたまへど、つととらへて、さらにゆるしきこえず。「さらばもろともにこそ」とて中将の帯ひきときて脱がせたまへば、脱がじとすまふを、とかくひきしろふほどに、ほころびはほろほろと絶えぬ。

 頭中が太刀を引き抜いて源氏に向かって行くので、驚いた源内侍は手をすり合わせて、「あなたあなた」と必死で止めに掛かります。頭中はおかしくてたまらないのですが、我慢して本気で怒っているふりをします。源氏は最初は焦ったのですが、じきに男の正体を見破ります。またあいつかとおかしくて、頭中のひじをつねったので、頭中も我慢できなくなって笑い出してしまいました。源氏は「馬鹿な真似をするんじゃない」と直衣を着ようとするのですが、頭中が着させまいとし、それならお前も脱げと源氏は頭中の帯をとき、きものを引っ張る、頭中は抵抗する、その拍子に縫い目がほどけたとあります。愉快な場面です。二人はともにだらしないかっこうになって、一緒に帰ったのでした。後々まで、この時のことは二人の内緒の笑い話になりました。光源氏18歳から19歳にかけての頃、頭中も同じく10代の最後の頃、青春の一コマですね。




文:岸本久美子
【引用】新潮日本古典集成より


次回 第三話「柳花苑」  2022年9月8日配信
YouTube動画中の「源氏物語手鑑」につきまして。和泉市久保惣記念美術館デジタルミュージアム許可のもと引用しています🔗