葎の宿の夕顔 二、隈なき月影

「隈なき月影」

 

 

 これまで触れ合ったことのない身分の女性の元に通うようになった源氏の君ですが、自分がそういう身分の者と関係をもつのは憚られることです。素性が知られないように粗末な衣服をお召しになり、顔はすっかり隠して相手の女にさえ顔は見せないようにしています。しかもおいでになるのは、本当に夜が更けて、人々が寝静まってからなのです。そして明るくなる前にそっと消えて行かれる。女はまるで昔話に出てくる妖怪のようだと気味悪くも思うのですが、なんとなく高貴な雰囲気を漂わせておいでになることから、どなたかはわからないながら特別な身分のお方らしいと察しています。初めに光の君ではという歌を詠みかけてはいますが、本当にその本人であるかどうかについては半信半疑のようです。源氏の君はすっかり彼女に夢中になっているので、毎晩でも通いたいけれど、やはり人目が憚られてそうもいきません。そこでいっそのこと誰とも知らせずこっそり二条院に迎えようかとまで思っています。原文で読みましょう。

  いとことさらめきて、御装束をも、やつれたる狩の御衣をたてまつり、さまをかへ、顔をもほの見せたまはず、夜深きほどに、人をしづめて出で入りなどしたまへば、昔ありけむものの変化めきて、うたて思ひ嘆かるれど、人の御けはひ、はた、手さぐりもしるきわざなりければ、誰ばかりにかあらむ、(略)いかなることにかと心得がたく、女方も、あやしうやう違ひたるもの思ひをなむしける。君も、かくうらなくたゆめてはひ隠れなば、いづこをはかりとか、われも尋ねむ、(略)人目をおぼして、隔ておきたまふ夜な夜ななどは、いと忍びがたく、苦しきまでおぼえたまへば、なほ誰となくて二条院に迎へてむ、もし聞こえありて便なかるべきことなりとも、さるべきにこそは、わが心ながら、いとかく人にしむことはなきを、いかなる契りにかはありけむ、など思ほしよる。

 これまで女にこんなに夢中になったことはなかったのに、どういう前世からの因縁があったのだろうかと思ったりもしています。そして八月十五夜仲秋の名月の夜です、この夜、源氏は夕顔の宿を訪れました。この夜、源氏は急いで帰ることなく朝までこの宿にとどまっています。家の中の様子も漏れ入る月の光で見えます。隣の家から話し声も聞こえてきます。源氏にとっては初めて覗き見る庶民の暮らしでした。漏れ聞こえてくる話し声は暮らし向きのことを心配するような内容だったり、ごほごほと鳴るからうすの音だったり、生活感あふれるものです。見栄っ張りな女だったら消えてしまいたいと思うような貧し気な空気感が漂っています。ちょっと原文を読みましょう。

  八月十五夜、隈なき月影、隙多かる板屋のこりなく漏り来て、見ならひたまはぬ住ひのさまもめづらしきに、暁近くなりにけるなるべし、隣の家々、あやしき賤の男の声々、目さまして、「あはれ、いと寒しや。今年こそなりはひにも頼むところすくなく、田舎のかよひも思ひかけねば、いと心細けれ。北殿こそ、聞きたまふや」など、言ひかはすも聞こゆ。いとあはれなるおのがじしのいとなみに、起き出でてそそめき騒ぐもほどなきを、女いとはづかしく思ひたり。えんだちけしきばまむ人は、消えも入りぬべき住ひのさまなめりかし。されどのどかに、つらきも憂きもかたはらいたきことも、思ひ入れたるさまならで、わがもてなしありさまは、いとあてはかにこめかしくて、またなくらうがはしき隣の用意なさを、いかなることとも聞き知りたるさまならねば、なかなか、恥ぢかかやかむよりは、罪ゆるされてぞ見えける。ごほごほと、鳴る神よりも、おどろおどろしく踏みとどろかす唐臼の音も、枕上とおぼゆる、あな耳かしかましと、これにぞおぼさるる。何の響きとも聞き入れたまはず、いとあやしう、めざましき音なひとのみ聞きたまふ。くだくだしきことのみ多かり。

 この女、夕顔と呼びましょうね、夕顔は恥ずかしくは思いながらも、おっとりした愛らしい様子で、何か言い訳をするでもなくただ源氏に寄り添っています。ゴロゴロとなる唐臼の音の正体は源氏も勿論わかりませんが、夕顔も何の音かは知らないようなのです。ごたごたした生活音や会話が聞こえてくる一方で詩心を呼ぶ砧の音や空を渡ってゆく雁の鳴き声も聞こえてきます。源氏の君は遣戸を開けて、外を見ることにしました。夕顔の肩を抱いて夜明けの庭を見ています。貧し気な家と言っても風情のある呉竹が植えられていて、虫が賑やかに鳴いているのです。普段近くで鳴く虫の声など聞いたことのない源氏にとっては珍しい体験でした。その声をやかましいとは思わず、風変わりで面白いと感じるのは女への思いのお蔭であろうと書かれています。原文です。

  白妙の衣うつ砧の音も、かすかにこなたかなた聞きわたされ、空飛ぶ雁の声、取り集めて、忍びがたきこと多かり。端近き御座所なりければ、遣戸を引きあけてもろともに見いだしたまふ。ほどなき庭に、されたる呉竹、前栽の露は、なほかかる所も同じごときらめきたり。虫の声みだりがはしく、壁のなかの蟋蟀だに間遠に聞きならひたまへる御耳に、さしあてたるやうに鳴き乱るるを、なかなかさまかへておぼさるるも、御心ざし一つの浅からぬに、よろづの罪ゆるさるるなめりかし。

 文中に「壁の中のきりぎりす」とありましたが、この当時「きりぎりす」と呼ばれていたのは、今の「こおろぎ」にあたる虫です。
夕顔は白い着物のうえから薄紫の着物を重ねただけの決して華やかではない地味な姿です。明け方の光で見るといっそうかよわくはかなげな姿に見えます。なんてかわいらしい、いじらしい女だろうと源氏の君はその側を離れる気にならないのでした。そこで彼女をこの落ち着かない宿からどこか静かな落ち着ける所に連れ出して一日を過ごしたいという思いに取り付かれます。一つ思い当たる場所がありました。そこに行こうと決めて夕顔を誘ったのでした。原文です。

  白き袷、薄色のなよよかなるを重ねて、はなやかならぬ姿、いとらうたげにあえかなるここちして、そこと取り立ててすぐれたることもなけれど、ほそやかにたをたをとして、ものうち言ひたるけはひ、あな心苦しと、ただいとらうたく見ゆ。心ばみたるかたをすこし添へたらば、と見たまひながら、なほうちとけて見まほしくおぼさるれば、「いざ、ただこのわたり近き所に、心安くて明かさむ。かくてのみはいと苦しかりけり」とのたまへば、「いかでか。にはかならむ」と、いとおいらかに言ひてゐたり。この世のみならぬ契りなどまで頼めたまふに、うちとくる心ばへなど、あやしくやうかはりて、世馴れたる人ともおぼえねば、人の思はむ所もえ憚りたまはで、右近を召しいでて、随身を召させたまひて、御車引き入れさせたまふ。このある人々も、かかる御心ざしのおろかならぬを見知れば、おぼめかしながら、頼みかけきこえたり。

 「さあこの近くにゆっくり落ち着ける所があるからそちらに行こうじゃないか」と源氏の君が言うと、彼女は「いかでか。にはかならむ」つまり「そんな急なことおっしゃっても無理ですわ」とおっとり答えています。嫌ですなどとは言わない女です。源氏は夕顔の身近にお仕えする右近という女房を呼び、お付きの者に車を用意させてそちらの家へと出かけたのでした。夕顔の家の者たちは男の正体ははっきりしないながら、身分の高い方であること、そして夕顔に一方ならぬ思いをよせておいでのことを承知していたので、特に邪魔立てする者はなかったのです。
 こうして夕顔は源氏に連れられてその宿を出たのでした。きょうはここまでといたしましょう。











文:岸本久美子
【引用】新潮日本古典集成より


第四章 通り過ぎた女君たち 其の三葎の宿の夕顔「なにがしの院」は2025年4月10日配信
YouTube動画中の「源氏物語手鑑」につきまして。和泉市久保惣記念美術館デジタルミュージアム許可のもと引用しています🔗