三、賀茂の書院朝顔「うつる朝顔」

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第五章 源氏物語を彩る女たち其の一「賀茂の斎院 朝顔の君」
三、賀茂の書院朝顔「うつる朝顔」

 

 

 

 満ちたりぬ思いで帰宅した源氏は眠れない夜を過ごします。朝顔の姫君への執着は強まるばかりです。眠れぬままに、なぜこちらの気持ちを汲んでは下さらないのだろうかとあれこれ考えてしまいます。翌朝は早く起きて格子をあげさせ、庭の朝顔を手折らせて、手紙に添え、朝顔の君に送ったのでした。秋も深まった頃ですから庭の草花は枯れ、朝顔も色艶を失ってかろうじて咲いているような状態です。原文で読みましょう。

  心やましくて立ち出でたまひぬるは、まして寝覚めがちにおぼし続けらる。疾く御格子参らせたまひて、朝霧をながめたまふ。枯れたる花どものなかに、朝顔のこれかれにはひまつはれて、あるかなきかに咲きて、にほひもことにかはれるを、折らせたまひてたてまつれたまふ。
   けざやかなりし御もてなしに、人わろきここちしはべりて、うしろでもいとどいかが御覧じけむと、ねたく。されど、
     見しをりのつゆ忘られぬ朝顔の
       花の盛りは過ぎやしぬらむ
 年ごろの積りもあはれとばかりは、さりともおぼし知るらむやとなむ、かつは。
など聞こえたまへり。

 お手紙の内容は、「あなたの冷たいおあしらいに、居心地が悪くなって退散いたしましたが、私の情けない後ろ姿をどう御覧になったでしょうか」とあり、その後に付けられた歌は「昔見たあなたの美しいお顔が忘れられないのですが、今はあなたも盛りを過ぎられたでしょうか」と言うような意味で、しかもしおれかけたような朝顔の花が添えてあるのですからちょっと失礼なのではないでしょうかね。ただしその後には「長い間の私の積もる思いに少しはあわれを掛けていただけるのではと思っています」と言うような文言もついています。花の盛りを過ぎたのは自分も同じだというような気持ちも匂わせているのかもしれません。このお手紙にお返事を差し上げないのは、あまりにも情趣を解さぬ者のようだとも思い、また、女房達にも勧められて朝顔の君は返事を書いたのでした

  おとなびたる御文の心ばへに、おぼつかなからむも、見知らぬやうにやとおぼし、人々
 も御硯とりまかなひて聞こゆれば、
     秋果てて霧の籬にむすぼほれ
        あるかなきかにうつる朝顔
   似つかわしき御よそへにつけても、露けく。
とのみあるは、何のをかしきふしもなきを、いかなるにか、置きがたく御覧ずめり。青鈍の紙の、なよびかなる墨つきはしも、をかしく見ゆめり。(略)立ち返り、今さらに若々しき御文書なども、似げなきこととおぼせど、なほかく昔よりもて離れぬ御けしきながら、くちをしくて過ぎぬるを思ひつつ、えやむまじくおぼさるれば、さらがへりてまめやかに聞こえたまふ。

 「秋も果ててすっかり色あせた朝顔、まさに私そのものの姿と思うにつけても涙がとまりません」というような内容のお返事。格別の趣向が凝らされているわけでもないお手紙ですが、源氏はしばらく手から離さすことができず、じっとみたのでした。
 そして、今さら若者のように恋文を届けるのもはばかられると思いながらも、このままあきらめるわけにはゆかぬという思いが強く、しげしげと手紙を届けたのでした。朝顔の周囲は誰もみな源氏の君を褒めたたえ、姫君が源氏の君と結ばれることを期待するのですが、本人は、昔、若かった時でさえ、源氏の君との結婚は考えなかったのに、まして今さらこの年になって・・・・と思って、気を許すような気配は全くないのでした。原文です。

  さぶらふ人々の、さしもあらぬ際のことをだになびきやすなるなどは、あやまちもしつべくめできこゆれど、宮はそのかみだにこよなくおぼし離れたりしを、今はまして、誰も思ひなかるべき御齢、おぼえにて、はかなき木草につけたる御返りなどのをり過ぐさぬも、軽々しくやとりなさるらむなど、人のもの言いを憚りたまひつつ、うちとけたまふべき御けしきもなければ、古りがたく同じさまなる御心ばへを、世の人にかはり、めづらしくもねたくも思ひきこえたまふ。

 やがて、世間では源氏の朝顔前斎院への接近が取りざたされるようになり、「お似合いの
お二人だ、女五の宮も賛成しておいでだということだし近々ご結婚と言うことになるのでは」と噂されるようになったのでした。この噂は紫の上の耳にも入り、口には出さないものの、ひそかに心を痛めていたのでした。けれども実際には朝顔は、これまでと変わらず、源氏と結婚するというような気持ちはまったくありません。
そのうちに季節は秋から冬に移りました。ある夜 源氏は、これまでと同じように女五宮を訪ねそのついでと言う格好で朝顔の元を訪れたのでした。西面とあるのが朝顔の住んでいる建物です。原文で読みましょう。

  西面には御格子参りたれど、いとひきこえ顔ならむもいかがとて、一間二間はおろさず。月さし出でて、薄らかにつもれる雪の光りあひて、なかなかいとおもしろき夜のさまなり。(略)今宵はいとまめやかに聞こえたまひて、「一言、憎しなども、人伝ならでのたまはせむを、思ひ絶ゆるふしにもせむ」と、おり立ちて責めきこえたまへど、昔、われも人も若やかに、罪ゆるされたりし世にだに、故宮などの心寄せおぼしたりしを、なほあるまじくはづかしと思ひきこえてやみにしを、世の末に、さだすぎ、つきなきほどにて、一声もいとまばゆからむとおぼして、さらに動きなき御心なれば、あさましうつらしと思ひきこえたまふ。

 源氏の訪問を拒んでいるわけではないという感じで、格子は一部下ろさずにあけたままにしてあります。源氏は朝顔のお部屋の前に座り込んで、これまでよりも一層熱心に口説いています。そして最後は「とにかく憎いという一言でもいいから直接おっしゃって下さったらあなたのことを諦めるきっかけとします」とまで言うのですが、朝顔の方は「あの方も私も若くて、父上も婿にとお考えになっていた頃でさえあるまじきことと思っていたのに今さら何をおっしゃるのか」と思って取り合おうとはしなかったのでした。次第に夜は更け、風も強まってきました。板の間に座っている源氏もさぞ寒いでしょうね。次第に情けなくなってきた源氏は涙をぬぐいながら、歌を詠みかけています。原文で読みましょう。

  夜もいたうふけゆくに、風のけはひはげしくて、まことにいともの心細くおぼゆれば、さまよきほどにおしのごひたまひて、
「つれなさを昔に懲りぬ心こそ
      人のつらきに添へてつらけれ
心づからの」とのたまひすさぶるを、「げに、かたはらいたし」と、人々、例の聞こゆ。
 「あらためて何かは見えむ人のうへに
       かかりと聞きし心がはりを
昔にかはることはならはずなむ」と聞こえたまへり。

 源氏の歌は「昔と変わらずつれないあなたに懲りずに未だに心を寄せている自分の心が恨めしく思われます」と言うような意味です。女房たちはこれを聞いて本当になんてことでしょうとやきもきしています。朝顔は「今さら私の心が変わることはありません」とそっけないお返事の歌を返しています。
 朝顔は源氏のすばらしさはよくわかっていて慕わしいお方だとは思っているけれども、ものの情けを介する女のようにふるまってもどうなるものでもないと思っているのです。自分は源氏の君のすばらしさとは不釣り合いだと心のどこかで思っているし、また、昔、六条御息所の二の舞にはなるまいと決意したその思いも未だに彼女の中には残っているのです。女房たちは色々な意味で後ろ盾のない朝顔を何とかして源氏に結び付けたいと願っているのですが、どうすることもできないのでした。そんな風でしたから、朝顔は女房達にも心を許すことができません。いつ手引きをされてしまうかわかりませんから。
そのあたりを原文で読みましょう。

  げに人のほどのをかしきにも、あはれにもおぼし知らぬにはあらねど、もの思ひ知るさまに見えたてまつるとて、おしなべての世の人のめできこゆらむ列にや思ひなされむ、かつは軽々しき心のほども見知りたまひぬべく、はづかしげなめる御ありさまを、とおぼせば、なつかしからむ情もいとあいなし、よその御返りなどは、うち絶えで、おぼつかなかるまじきほどに聞こえたまひ、人伝の御いらへ、はしたなからで過ぐしてむ(略)世の人の口さがなさをおぼし知りにしかば、かつさぶらふ人にもうちとけたまはず、いたう御心づかひしたまひつつ、やうやう御行ひをのみしたまふ。

 源氏の君に対しては差しさわりの無いお手紙には時折お返事を差し上げ、女房を介してのやりとりなどは失礼にならないようにお相手してこれからも過ごしてゆこうと朝顔は心に決めたのでした。朝顔の中では、斎院としてのおつとめをしていた八年もの間、仏道から離れていたことが心の重荷になっていて、いつかは罪障消滅のために出家したいと思っています。ただ、今の時点で急に出家すれば、源氏の求愛をのがれるために出家したと世間に誤解されかねないので、時期を待ちつつ、次第に勤行に過ごす時を増やしていったのでした。










文:岸本久美子
【引用】新潮日本古典集成より


次回第五章 源氏物語を彩る女たち其の一「賀茂の斎院 朝顔の君」第四話 賀茂の書院朝顔「散りたる梅の枝」 2026年6月25日配信いたします。
YouTube動画中の「源氏物語手鑑」につきまして。和泉市久保惣記念美術館デジタルミュージアム許可のもと引用しています🔗