第五章 源氏物語を彩る女たち其の一「賀茂の斎院 朝顔の君」
一、「賀茂のいつき」
今回のシリーズの始めに登場するのは朝顔の姫君と呼ばれる女性です。源氏の君17歳の時のことです。方違えで泊まりに行った紀伊の守の屋敷で、女房たちが自分の噂をしているのが耳にはいり、「おや」と思わず聞き耳をたてたのでした。すると、自分が式部卿の姫君に朝顔の花につけて差し上げた歌のことを話しているのが聞こえてきました。この朝顔の歌で登場することから彼女は朝顔の姫君と呼ばれることになりました。源氏は17歳のころから彼女に恋文を送っていたことがわかります。ただし、彼女が本文に登場するのはこの時から五年後のことで、源氏の君は22歳になっています。そのころ世間では、六条御息所と源氏の間は知らぬ人もない噂の種になっていました。
源氏は、元皇太子の未亡人という身分の御息所に対して、深い仲になっていながら、それなりの待遇をせず冷たい態度なのです。絶望した御息所は、伊勢神宮の斎宮になった娘に同行して京を離れることを考えているというのです。それら一部始終は朝顔の姫君の耳にもはいったのでした。源氏の君から引き続き求愛を受けている朝顔の君は、自分はそんな目にはあうまいと心に深く思い決めたのでした。原文です。
かかることを聞きたまふにも、朝顔の姫君は、いかで人に似じと深うおぼせば、はかなきさまなりし御返りなども、をさをさなし。さりとて、人憎く、はしたなくはもてなしたまはぬ御けしきを、君も、なほことなりとおぼしわたる。
そんなわけで、源氏の君からのお手紙にも、以前はちょっとしたお返事をしていたけれども、今となってはそれさえしなくなったのでした。ただし、だからといって源氏に恥をかかせるような対応はしないので、源氏はあらためてまた感心したのでした。
やがて斎院の禊の行列の日がやって来ました。これは葵祭に先立って賀茂の斎院が禊をする行列です。宮中から賀茂川まで多くの上達部たちが供奉するのですが、源氏の君もそのメンバーの一人です。その美しい姿を見ようと遠くからも人々が押し寄せたとあります。見物人の主目的は斎院ではなく源氏の君なのでした。この時新たに斎院になったのは弘徽殿女御腹の桐壺院の娘です。
朝顔の君も父式部卿に連れられて見に来ました。父宮は源氏の君の美しさに感動し、こんなに素晴らしい美貌は神に魅入られて短命かもしれないと縁起が悪く思われたほどであったとあります。朝顔の姫君は、以前から、自分に熱い想いの籠った恋文を送り続けて下さる方がこんなにもお美しい方だったのかとあらためて心が震えたのでした。そのあたりを原文で読みましょう。
式部卿の宮、桟敷にてぞ見たまひける。いとまばゆきまでねびゆく人の容貌かな、神などは目もこそとめたまへと、ゆゆしくおぼしたり。姫君は、年ごろ聞こえわたりたまふ御心ばへの世の人に似ぬを、なのめならむにてだにあり、ましてかうしもいかでと、御心とまりけり。いとど近くて見えむまではおぼしよらず。若き人々は、聞きにくきまでめできこえあへり。
まわりの女房たちは夢中になって源氏の君を褒めそやしています。朝顔の姫君は源氏の君の美しさに感動しこそすれ、こんなお方とお近づきになろうとは思いもしないのでした。
この賀茂の祭のあとしばらくたった八月のある日源氏の正妻葵上は、出産後に突然亡くなってしまいます。深まりゆく秋の日々を喪に服して過ごす源氏から、朝顔の君に手紙が届いたのでした。久々に届いたお手紙です。原文で読みましょう。
なほいみじうつれづれなれば、朝顔の宮に、今日のあはれはさりとも見知りたまふらむとおしはからるる御心ばへなれば、暗きほどなれど聞こえたまふ。絶え間遠けれど、さのものとなりにたる御文なれば、咎なくて御覧ぜさす。空の色したる唐の紙に、
わきてこの暮こそ袖は露けけれ
もの思ふ秋はあまたへぬれど
いつも時雨は。
とあり。
もの悲しい秋の暮れ方、わびしい思いでいる自分のことを朝顔の君ならわかって下さるだろうと思って、書いた手紙でした。手紙にある歌は「秋はいつも物思いにふけりがちですが、とりわけ今年の秋の夕暮れは涙を誘います」というような意味でしょうか。
朝顔の君は、いつもならお返事はしないのですが、まわりの女房たちにも勧められ、また、
こういう特別な時でもあるので、さすがにこの度は筆を執ったのでした。朝顔の君のお返事を原文で読みましょう。
大内山を思ひやりきこえながら、えやは。
とて、
秋霧に立ちおくれぬと聞きしより
しぐるる空もいかがとぞ思ふ
とのみ、ほのかなる墨つきにて、思ひなし心にくし。何ごとにつけても、見まさりはかたき世なめるを、つらき人しもこそと、あはれにおぼえたまふ人の御心ざまなる。
手紙の「大内山」というのは宇多天皇が出家後こもられた御室の山の別称で、喪に服して勤行に務めていると思われる源氏のことを指しています。「あなたさまのことをご案じしてはおりましたが、こちらからお声かけはできませんでした」というようなことですね。そして歌は
「奥様を亡くされたあなた様のさびしさに思いを馳せ、心を痛めています」というような内容で、薄墨色でいかにも奥ゆかしい感じに書かれています。源氏はこのお返事を見て、また改めて、この姫君に魅力を感じたのでした。そして、自分に冷淡な人に限って時と共にかえって魅力が増すものだなあと思ったのでした。この二年後桐壺院が亡くなったことにより斎院が交代することになり、なんと、朝顔の姫君がその任に当たることになりました。本来は未婚の皇女がなるはずの所ですが、適当な方がいなかったのでしょう。原文で賀茂のいつきとあるのは賀茂の斎院のことで、孫王とあるのは帝の孫という意味です。朝顔は先の帝の孫にあたるのです。
ともあれそんな事情で斎院に選ばれたわけですが、なってしまわれれば、神に仕える身ですから、仏事や不浄は避けねばなりません。色恋沙汰などとんでもないわけで、源氏はおおいに残念がったのでした。そして、本人に当ててはお手紙さえ出せないのですが、これまでもそうしてきたように、中将という女房を介して手紙を届けたのでした。本来は許されないことなのですが、まあ源氏は意に介さず手紙を送り続けたのでした。原文で読みましょう。
斎院は御服にて、下りたまひにしかば、朝顔の姫君は、かはりにゐたまひにき。賀茂のいつきには孫王のゐたまふ例多くもあらざりけれど、さるべき女御子やおはせざりけむ。大将の君、年月経れど。なほ御心離れたまはざりつるを、かう筋異になりたまひぬれば、くちをしとおぼす。中将におとづれたまふことも同じことにて、御文などは絶えざるべし。
その源氏からの恋文を、斎院と言う立場を考えれば読むこともしてはなりませんし、お返事を書くなどとんでもないことです。けれども、朝顔の姫君は禁忌の身であるがゆえにかえって安心して、以前よりは気楽に時折のお返事をしていたようです。朝顔の君にしてみれば、今は流石にあの源氏の君も絶対に手は出せないし、多少気を許しても大丈夫と思ったのでしょうかね。そのあたりは次回といたしましょう。
文:岸本久美子
【引用】新潮日本古典集成より
次回第五章 源氏物語を彩る女たち其の一「賀茂の斎院 朝顔の君」第二話 賀茂の書院朝顔「木綿だすき」 2026年5月28日配信いたします。
YouTube動画中の「源氏物語手鑑」につきまして。和泉市久保惣記念美術館デジタルミュージアム許可のもと引用しています🔗